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ママチャリで東京から新潟へ行こう!~行けそう!?新潟へ!

2009年04月29日 14:26

午後12時47分、
ホッピー号のお供、計測器「煮込み君」が
100キロ越え目前。

090429_104958_M.jpg
ホッピー号はギシギシと嫌な音を立てている模様~。
なんせボロママチャリですし・・・。

090429_124834_M.jpg090429_124811_M.jpg

ぎょうざとつけめんを頼んだら、
ぎょうざが一皿157円との報告が!!
そんなこたぁ~どうでもいい~。

090429_131811.jpg

あと50キロで今夜の宿、那須塩原に!!
走れメロス!我らがホッピー号!!


那須塩原市情報

本市は扇状地上に立地し江戸時代以前は「手にすくう水も無し」とうたわれた那須野が原が広がり不毛の台地であった。江戸時代に大田原藩により灌漑用水路が開削されたが、規模が小さく那須野が原台地を潤すほどにはいたらなかった。しかし明治時代に入って、会津と東京の物資輸送を担う大運河構想を発端として那須疏水が整備されると那須野が原の開拓が急速に進展した。この名残として黒磯地区、西那須野地区、塩原地区には今でも那須野が原の地に入植したか或いは農場を拝領した明治の宰相、要人の名を冠した地名が多く残る。黒磯地区、西那須野地区の市街地は日本鉄道(東北本線)の開業と同時に明治以降に形成された比較的新しい市街地である。明治以前より扇状地の扇端部で水利の良い大田原市は奥州街道などが通り政治・交通の要衝であったが、那須野が原の開拓や東北本線、国道4号、東北自動車道、東北新幹線など主要交通網の整備により、当市は交通・物流面における県北の拠点になりつつある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

<銀嶺>
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